③芸人とインターネットのススメ

鮮度がモノをいう情報時代で、物を言う

お笑い芸人。緻密なマーケティングの上で際立たせるキャラクターと下積みで覚えていく芸事も今は昔。

 

それよりも思った事を思った様に演り、一か八かの大勝負で瞬間最大風速を狙うのが「需要と供給」のトレンドになりつつある。

 

もはやテレビや劇場だけが芸人の発信源ではない。SNSでは自らのプロモーションでキャラを周知させようとするし、YouTubeやツイキャスでは企画やトーク力を披露し、少しでもフォロワーやビュアーを増やそうとする。

 

芸人らの創意工夫に頭が下がると同時に、ギョーカイの弱肉強食が公な数字の大小となって現れるのは残酷でもある。

 

勿論、数字だけではない。

ネット上で不特定多数に発信をするということは、不特定多数からの返信を受け容れる覚悟も求められるということでもある。

 

見ず知らずの相手に「暴言」という名の凶器で頭をブン殴られることもある。やり返したところで「お前はツマラナイ」と一見すると正論の様な個人の感性を吐露してくる。

 

虚しい。なぜなら相手は通りすがりの誰かであり、バーチャルで反論をしたところでリスクを負うのは実体がある側の言霊なのだ。考えれば考えるほど腑に落ちない。

 

芸人はプロボクサーに喩えられる事がよくある。芸に対するストイックさ、真剣勝負の力強さ、ちょっと抜けていて憎めないトコロ、共通項は人によって色々あるだろう。

 

ただ、今を生きる芸人とプロボクサーの共通点は「シロート相手にやり返したら負け」という不条理さなのかもしれない。

 

名も無き偶像を相手にした時点で、自己プロデュースは崩壊する。過激な言動は言質を取られ、悪意を以って晒し者にされる。

 

事情を理解し、同情してくれるのは数多のフォロワーだが、それ以外の浮遊層からはレッテルを貼られる。

 

メディアもまた同じである。

今の時勢、芸人にコンプライアンスや社会常識を求めるテレビマンは居ても、若手芸人の過激な言動を面白がって調理出来るディレクターやプロデューサーは少ない。

 

無責任な偶像の言葉に耳を貸してはいけない。笑えない偶像を相手に笑えない反論を振りかざすのは即ち、現代社会の芸人の嗜みとして「負け」である。

②テレビのカタチ 若手芸人ライブは「笑点」目指すべきだ

先日、南堀江に若手コンビ「1(わん)」が主催するワンコインネタライブに行った。

残念ながら演者との面識はないが、小中学生無料ということで親子連れ&女性客に混じって舞台を観た。何組か気になって「もう一本ネタが観たいな」「フリートーク、面白いな」と思った芸人はツイッターから勝手にフォローをさせて貰った。

(演者からのフォロー返しもなんとなく嬉しい。「僕も現役時代にちゃんとそういった嗜みが出来ていればもう少し、なぁ」と不意に夢想する。)

このネタライブ、アメーバ主催の動画配信サイトAbema(アベマ) TV  freshでも定期配信されているそうです。

テレビのカタチ「笑点

先週、キー局や関西ローカルのラジオ番組は軒並み「笑点司会・桂歌丸の後任に春風亭昇太」の話題で持ちきりだった。

そして今回は新メンバーとして「林家三平」が番組内にて発表された。

各界、賛否ありで林家と三遊亭一門のグルを疑われるほどであったが、私はそのどちらもが素晴らしい人選であったと思っている。その理由を先ずは少しだけ書こうと思う。

笑点における春風亭昇太

笑点の数多ある魅力の1つに「内輪イジリ」がある。かつての桂歌丸三遊亭小円遊の舌戦の様に始まり、現メンバーも共演者に言いたい放題言うのが、笑点の不変的魅力と言っても過言ではない。

木久扇は寒いダジャレとマズイラーメンと揶揄されるわ、6代目圓楽は好楽や歌丸を無職ネタや葬式ネタで罵るし、たい平は小遊三と座布団運びの山田くんに喧嘩売るわで、ハチャメチャな様相を毎度展開する。

そんな中、春風亭昇太の立ち位置というのは「圓楽に便乗して歌丸をイジる」といった流されるシュート力も「自身が肝心のところでネタを噛む」隙のある感じ、つまりツッコまれる前提でのパス出しもアリで、コネて叩いて番組のヤマ場を作るには過去最高の「司会」なんじゃないだろうか。


三平からほとばしる「ガッカリ感」

かつて(とか言って最近しか知らないけど)これほど、賛否が分かれる演者が居ただろうか。

茶の間のレジェンド・初代林家三平の息子でありながら、そのうだつの上がらない感じからTake2東貴博落合福嗣に並ぶ、七光り御三家の1人。それが噺家・2代目林家三平である。

これだけのガッカリ感は既に前段があれば説明不要だろう。私には笑点メンバーが2代目三平を「親の七光りネタ」で虐める絵面しか想像出来ない。それだけで楽しみである。


笑点のカタチ

三平にガッカリしている層は恐らく、笑点のガチンコ大喜利、つまり実力派芸人の投入を楽しみにしていたのかもしれないが、念のため申し上げておくと、

  1. 笑点には構成作家が10人付いている。
  2. 基本的にお題と回答のリハーサルを3回行なう。
  3. そのリハーサルの中でヤマ場を味付けしていく
という演出が毎回ある。これは一度笑点に出た噺家が口を揃えてネタにしている。これが事実なら笑点ダイナマイト関西の様なガチンコ対決ではないということになる。

しかし、それは多くの人が薄々感じていた違和感(みんな結構ジジイのくせに大喜利の回答スパンが早すぎるとか)であり、これを知ったところで驚きは余り無いんじゃないかと思う。

それよりも「笑点」は既に日曜夕方の風物詩(ちびまる子ちゃんサザエさん枠への架け橋となる番組)に定着し、ジジイの一悶着が楽しい老若男女に愛されるバラエティ番組に昇華したのだ。



話を冒頭に戻す。
今回のネタライブではフリートークが面白い芸人はネタが消化不良で、ネタが面白かった芸人はフリートークで持ち味を発揮出来ていなかったのではないかと思っている。

それは毎回、演者が変わることも珍しくないインディーズライブの難しさでもあると思うのだが。やはり闇雲にネタを披露するだけではなく、ライブにも演者にもコンセプトやテーマが求められる時代になりつつあるのだ。

例えば、今回一番フリートークにリアリティがあって面白かった「川嵜でし太」
はネタにももっとリアリティ(「今時、殴られ屋なんて居ないよ!」ってダメが入る前に)を盛り込まないといけないだろうし、「ユウシテッセン山本」のネタ音響を別のコーナー企画に生かす術など、演者同士が圓楽歌丸、昇太よろしく、互いに探りあわないと面白くならない部分が多くあると思う。(例えそれが一期一会のインディーズライブだったとしても)

少々グチっぽくなったが、私はこのブログで只の芸人ネタ批評ではなく、向き不向きと適材適所を考える芸人ブログにしたいと思っている、、、いずれは。

①若手芸人を考える

元若手芸人が若手芸人を考える

どうも大仰で座りの悪い見出しだが、僕は誠実に、尊敬の念をもって彼らを見ていたいというのは独善的な本心であり、願いだ。


最初は一地方に住む深夜ラジオが好きな、いちリスナーであり、ハガキ職人であった。それはそれは独善的な内容ばかりで箸にも棒にもかからなかったし、ネタ投稿にめちゃくちゃな熱量があったワケでもない。

それでも高校を卒業し、自動車メーカーに勤める傍ら、僕は自己満のネタハガキを番組に送り続けた。そしてあまり読まれない多くのネタを書き続けるうち、ある1つの結論に至った。

「ネタハガキが読まれないなら、自分でネタを演れば良いじゃないか」と。

そうして私はNSC大阪校の門を叩いた。

会社を辞めてまで入った芸の世界は想像通り苛烈で、残酷なまでの実力至上社会だった。バラエティ番組で「NSCは何も教えてくれないから!」そう言って、笑いのネタにする芸人も少なくないが、
正にNSCはその通りで、受動的で優柔不断な僕は直ぐに落ちこぼれた。

卒業後も手売りチケットを買い取って何度か事務所ライブには出た。試行錯誤したネタを演るが、思い描いた通りに客は笑わない。

同期の紹介でインディーズライブの裏方で5年ほど活動して、僕は芸人を廃業した。

よくある「才能がなかった」を枕詞にするのは簡単だが、僕は自分なりにどう足掻いても、色々な部分で持っていなかったんだと思う。

ただ、5年の月日で誰よりも袖や客席で他人のネタを観た自信はある。悔しいけど、あの芸人のアレが凄いと咀嚼して話すことも出来るようになった。

吉本を離れて3年以上経つ。今、私はもう一度芸人に触れて、物事を考えたいと
思う。これはそんなブログです。どうぞよろしく。